アニカ・ソレンスタムの歩みと、
シークレットイベントの案内。
LPGA通算72勝。メジャー10勝。Player of the Year 受賞8回。
59を叩き出した日があり、男子ツアーに挑んだ週があった。
引退から年月を経た今も、彼女の影響は世界中のフェアウェイに残っている。
1970年、スウェーデン・ブロー(ストックホルム郊外)に生まれる。
アリゾナ大学を経て1992年にプロ転向。欧州ツアーを経由して1994年にLPGAツアーへ。デビュー直後から正確無比なボールストライキングと、感情を表に出さない静かな佇まいで、コース上の特異な存在として注目を集めた。
1994年、LPGA Rookie of the Year を受賞。1995年に U.S. Women's Open で LPGA 初優勝を飾り、同年、初の賞金女王と Player of the Year に。以降、彼女が時代を牽引した。Player of the Year を歴代最多の8回受賞。練習量、フィットネス、栄養管理、メンタル——女子ゴルファーが「アスリートとして」自分を扱うことの意味を、最も早く、最も徹底して示した選手だった。
2008年シーズン序盤に3勝を挙げ、5月の Michelob ULTRA Open 制覇で LPGA 通算72勝目を記録。その2日後に引退を表明し、年末を以て競技ゴルフから離れた。引退後は、ジュニア育成、ブランド事業、家族との時間へと軸足を移す。
そして2021年、50歳で出場した U.S. Senior Women's Open を、第2位に8打差をつけてワイヤー・トゥ・ワイヤーで制覇。引退から13年を経ても、彼女が勝てる選手であることは変わらなかった。
2003年5月22日、テキサス州フォートワース。PGAツアー「Bank of America Colonial」の出場枠に、女子プロのアニカ・ソレンスタムの名前があった。男子ツアーに女子プロが正式参戦するのは、Babe Zaharias 以来58年ぶり。世界中のメディアがコロニアル・カントリークラブに集まった。
結果は予選落ち。だが、初日のスコアは1オーバー71。サージオ・ガルシアら26名の男子プロを上回る成績で、「女子プロは男子ツアーで通用しない」という当時の前提を、彼女は静かに書き換えた。
この週、ゴルフという競技は、性別の境界線の引き方を考え直した。ジョージ・W・ブッシュ大統領が「私は彼女を応援している」と公の場でコメントするほど、彼女の挑戦は社会的な意味を持っていた。
少女から大学生、プロを目指す女性まで、女子ゴルファーのキャリア全段階を支援する財団。世界各地のジュニア国際大会、ANNIKA Intercollegiate(大学)、Development Program(プロ志望卒業生支援)を運営する。
Cutter & Buck と共同で立ち上げた女性ゴルファー向けアパレル ANNIKA Collection を中心に、ゴルフ関連商品を展開。ANNIKA Course Design名義で世界各地のコース設計プロジェクトにも携わる。
引退から13年後の2021年、50歳で挑んだ U.S. Senior Women's Open を、第2位に8打差をつけてワイヤー・トゥ・ワイヤーで制覇。キャディは夫マイク・マクギー。彼女が勝てる選手であることは、年を重ねても変わらなかった。
彼女が拠点を置くアメリカ・フロリダ。そして時に日本へ。
年に複数回、舞台を変えて、静かに集いは開かれる。
アニカ・ソレンスタムとの時間を中心に組まれた招待制のイベントを、年に複数回、国内外で開催しています。会場・日程は、開催ごとに個別にご案内します。
ひとつのイベントは、三つの体験で構成されます。コース上で、テーブルを囲んで、フェアウェイで——一日の中で、彼女の異なる側面に近づける構成です。
アニカと同じ組でラウンド。組を順に巡るスタイルで、彼女のティーショット、グリーン上の所作、空気感を、自分のラウンドの中で体験します。
アニカを中心に、参加者全員で囲む親睦の時間。インタビューでは聞けないキャリアの裏話や、引退後の日々が、テーブル越しに自然と交わされる場です。
ラウンドの合間、フェアウェイで交わされるアニカからの直接のアドバイス。世界最高峰のプレーヤーから、自分のスイングや判断にフィードバックを受け取れる時間です。
“Most players practice until they get it right.
Great players practice until they can’t get it wrong.”多くの選手は、できるようになるまで練習する。— Annika Sörenstam
偉大な選手は、間違えなくなるまで練習する。